​起源と歴史

The history

​日本最初にして最古の弁財天

西暦658年、役行者が箕面滝で修業し、弁財天の導きを受けて悟り宗教家として大成しました。行者は報恩感謝のもとに、自ら弁財天の像を作製し、滝の側に祭祀して箕面寺と称しました。(当寺の始めと伝える。後に、瀧安寺と改称)以後、多くの修行者が入山し、山岳の道場として発展しつつ、最盛期には堂舎が八十余りも存在した。名高い宗教家に、奈良時代の行基を始め、空海(弘法大師)、聖宝(理源大師)、圓珍(智証大師)、鎌倉時代の法然、日蓮、そして蓮如の諸師達がいます。

しかし、明治以降は時勢の大変動によって当区域のみとなり、大阪府による森林公園の企画下のもと、堂跡には土産店や食堂が建ち並んで今日に至ります。

本尊は七福神の一神である弁財天で、財運の向上、芸能の上達を願い、一方、観音堂の主尊である如意輪観音には除災招福を求め年間を通じ参拝者で賑わっています。

​役行者

千三百余年前の人で、当時の記録は存在せず定かではありません。
奈良県茅原(御所市)の人、少年時代より入山修行を始め(箕面は二十五才)生涯、山々で修業を重ねて人々をも救い、後世に修験道の開祖として仰がれました。

※行者、箕面山で修業の絵図

​修験道

一口に山岳宗教と称します。日本民族固有の思想で、自然発生的に生じ、確固とした宗祖や聖典は存在しません。
我々、日常生活の中で、正しくない言動や考えをしがちですが、不運の原因となります。それで精霊のこもる山に入って祓い清め、健全な生活をおくろうとするものです。全国に二百余の山々がありますが、主たる山岳は北方より、出羽三山、富士山、白山、木曽の御岳、近畿の吉野や葛城山、四国の石鎚山、九州の彦山、特に奈良県下の大峰山は名高く、メッカ的存在です。

​山伏

​山で修業を積み、法力を得て種々のお祓いや祈祷をする者。その衣装を鈴懸と称し、法螺貝を所持します。

摂津国三十三所第二十一番札所

摂津国八十八所第五十五番札所

阪急電鉄宝塚線 七福神霊場 

修験根本道場 みのお弁財天

​大本山 箕面山 瀧安寺

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TEL:072-721-3003
受付時間:9時-16時

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