​起源と歴史

The history
箕面山瀧安寺 弁天堂

​日本最初にして最古の弁財天

西暦658年、役行者が箕面滝で修業し、弁財天の導きを受けて悟り宗教家として大成しました。行者尊は報恩感謝のもとに、自ら弁財天の像を作製し、滝の側に祭祀して箕面寺と称しました。(後に瀧安寺と改称)以後、多くの修行者が入山し、山岳の道場として発展しつつ、最盛期には堂舎が八十余りも存在しました。名高い宗教家に、奈良時代の行基を始め、空海(弘法大師)、聖宝(理源大師)、圓珍(智証大師)、鎌倉時代の法然、日蓮、そして蓮如の諸師達がいます。

しかし、明治以降は時勢の大変動によって当区域のみとなり、大阪府による森林公園の企画下のもと、堂跡には土産店や食堂が建ち並んで今日に至ります。

本尊は七福神の一神である弁財天で、財運の向上、芸能の上達を願い、一方、観音堂の主尊である如意輪観音には除災招福を求め年間を通じ参拝者で賑わっています。

行者、箕面山で修業の絵図

​役行者

西暦636(舒明6)年、奈良県茅原(御所市)にご誕生、役小角(エンノオヅヌ)とも。少年時代より入山修行を始め、御年25才にて箕面山に入山され悟道。その後日本各地の霊山を開山される。

西暦702(大宝2)年、69才の時再び箕面山へ戻られ、当寺奥の院である天上ヶ岳より御昇天される。

生涯、山々で修業を重ねて人々を救い、後世に修験道の開祖として仰がれました。

※役行者、箕面山で修業の絵図

箕面 瀧安寺 修験根本道場

​修験道

一口に山岳宗教と称します。日本民族固有の思想で、自然発生的に生じ、確固とした宗祖や聖典は存在しません。
我々、日常生活の中で、正しくない言動や考えをしがちですが、不運の原因となります。それで精霊のこもる山に入って祓い清め、健全な生活をおくろうとするものです。全国に二百余の山々がありますが、主たる山岳は北方より、出羽三山、富士山、白山、木曽の御岳、近畿の吉野や葛城山、四国の石鎚山、九州の彦山、特に奈良県下の大峰山は名高い霊山です。

​山伏

​山で修業を積み、法力を得て種々のお祓いや祈祷をする者。その衣装を鈴懸と称し、法螺貝を所持します。